ドラゴンズファン12年生

●野球に無縁→パートナーの影響でいつの間にかドラゴンズファンへ…東京からドラゴンズな日々を綴ります

「紅の豚」と又吉と星

天の川を形作る星は無数のグローブだ。又吉克樹が一番好きな映画は「紅の豚」。知ったのは、主人公「ポルコ」の声をあてた俳優にしてドラゴンズファン、森山周一郎さんが亡くなった時だった。 

 

(あれ、こんな映画だったっけ?)

 

DVD店で働いていた頃は、並べるだけで売れるジブリ作品の一つ、という印象に過ぎなかった。店頭用のコメントを書くために見直すこともせずに。

久々に観たら不意を突かれる。エンドロールを眺め終えて、ぼんやりしてしまった。

天の川のように見えたのは一筋の雲。だんだんとアップになると、白い群れのひとつひとつは、戦いに敗れた飛行艇だった。

飛行艇はグローブかもしれない。そう思えたのだ。

 

2013年ドラフト2位で中日ドラゴンズに入団した又吉。昨シーズン中FAの権利を得て、福岡ソフトバンクホークスに移籍した。8年間、暗黒のドラゴンズを支えてくれた又吉。投げ切っても打たれても、ベンチに戻る表情は変わらない。クールな仕事人。いなかったらドラゴンズは一体どうなっていただろう。気遣い満点にチームメイトの素顔をTwitterにマメにあげてくれるのも、嬉しかった。

ただ、出ていく予感はした。

 

「ものすごくありがたいこと。独立リーグがあって今の自分があるので感謝している。独立リーグに一ついい恩返しができた思い」※1

 

FA権取得時の会見での言葉に、胸騒ぎを覚えた。

 

又吉には実に沢山の顔がある。球団“広報”、沖縄出身、独立リーグ出身、ドラゴンズ暗黒時代を支えたリリーフ、ソフトバンク復権のキーマン。侍ジャパンの経験もある。今年のオールスターのファン投票では、中継ぎ部門でライオンズ平良と激しい首位争い中。日本を代表する中継ぎの顔だと言える。

 

その中でも、一番の矜持は独立リーグを背負うことにあるのだろう。独立リーグ出身者としては、ドラフト二位指名はこれまでの最高位にして唯一。2017年の6月6日には独立からのプロ入りで初完投、初完封。FA権の取得は、三輪(現ヤクルト広報)、角中(ロッテ)に次いで3人目で投手としては初。権利を行使したのは又吉が初めて。行使すると発表された時には、こう話していた。

 

「NPB入りするにあたり、FA宣言する選手になりたいという気持ちがありました。宣言することで、独立リーグが注目され、そこで頑張っている選手の励みになればうれしいです」※2

 

ドラゴンズ時代にはルーキーイヤーに67登板。即戦力となり停滞していたチームを救ってくれた。デビューからは3年連続60登板以上。ただ、その登板数の中には見ていられないくらいの時もあった。

 

―良かったときの又吉の球を求めて監督は「きっと彼が必要なときが来る」と言ったのだと思う。

勝ちゲームの中でしか培えないメンタルがあるのかもしれないけれど、又吉に勉強させる為に何試合も落としていいわけない―

 

酷い言いざまだ。2015年、私がブログに書き残したことだ。谷繁監督の頃、出てくるたびに正直嫌な予感がした。2018年もイニングをまたいでは失点し、TVの前で何度も言葉を失った。その又吉が、今やソフトバンクに、球界に欠かせない一人になるなんて。ソフトバンクに移籍してからもホールド数を重ね、通算150を達成した。

ドラゴンズから旅立った寂しさと誇らしさ。同一リーグではなくて良かった、というほっとした気持ち。

 

 

ただ、又吉を迎え撃つ日は来た。交流戦、6月4日のバンテリンドーム。東京から滅多に行けない名古屋に私は向かっていた。買ったまま一度も掲げられなかった、鮮やかなドラゴンズブルーに又吉克樹の名が入ったタオル。新幹線に乗り遅れるわけにいかないのに、マンションの階段を降りた後「忘れ物した!」と取りに帰りリュックに押し込んだ。

前日の3日には大差でソフトバンクが勝ち登板はなし。4日、7回の裏、2対1。ソフトバンク1点のリード。打席には高橋周平、対するは2番手の津森。

 

(打て!)(打たなかったら又吉が出てくる?)

(打て!)(…出てきても勝てたら最高かも?)

 

思いを巡らせる時間があるほど高橋周平が珍しく粘る。その間の胸の高鳴りこそがハイライトだった。

8球目にフォアボール。続く代打溝脇のタイムリーツーベースで逆転。

 

結局、又吉の出番は3日間とも無かった。

 

 

「紅の豚」のポルコは島から島へと賞金を稼ぎに真っ赤な飛行艇に乗って旅を続ける。「スポンサーを背負って飛ぶんじゃなくて俺は俺の稼ぎで飛ぶ」。沖縄から四国、本州の次は九州へ。又吉が最後に見せる姿は、どこで、どんな顔なのだろうか。もしかしたら、まだ見ぬ海の向こうへ飛んでいくのだろうか。

 

想像する。脚ががくがくして、震えて、戻ってきたら力が抜ける。あの時のフィオのように。ベンチに戻る又吉の表情はいつも変わらない。けれど、マウンドでは実はそうなのだろうか。

 

(あれ、こんな映画だったっけ)。不意に涙がこぼれる。

 

天の川を形作るグローブの中にはきっと黒いグローブもある。狭き門から頂点へ至る途中で、夢を諦めた者、新しい道へ進む者、意思とは関係なしに道を断たれた者。

 

「紅の豚」のラストシーン。旋回していく飛行艇の軌道は、サイドスローの腕の運びみたいだった。

 

 

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(記:7/3 UP:8/3)

 

※1 中日スポーツhttps://www.chunichi.co.jp/article/284406

※2 中日スポーツ https://www.chunichi.co.jp/article/373415